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山口巌の生涯ー箏曲界に与えた影響とその業績ー(第二章 第二節)

第二節 調子笛の製作について

山口は、調子笛の改良を行ったことにおいても、その名を残している。箏曲界の検校たちが調子笛として古くより用いたのは、一本の細い竹で、十二律を調べるという方法をもつ、「四穴しけつ」である。この四穴は一竹ともいわれる。

四穴は、細い竹、または木の小さい筒で、筒の片方は開いており、片方は塞がっている作りとなっている。その形状は筒形の直径約五分(約1.5cm)、長さ約二寸五分(約7.6cm)である。 竹や木のほかに、象牙製のものもある。四穴は、その名の通り、表に三つ、裏に一つ、全部で四つの穴をくりぬき、この穴を指で押さえて、その開閉によって十二律を得るという方法が行われていたそうである。

音の出し方は、片手で四穴を持って穴を塞ぎ、もう片方の手の指で、四穴の塞がっている方の断面をコンコンと叩いて音を出す方法である。叩く際に、爪を使うか、指を折り曲げて叩くか、二つの方法がある。

検校たちは、自作の四穴を用いており、かつての検校たちから伝わった四穴は、調子に狂いがなく、最も優れたものであった。山口が最初に用いたのは、師の古川検校から譲り受けたものであったというが、その後、山口自身で研究を重ね、多くの四穴を作ったという。山口は、調子笛の材料である、竹・朱檀・象牙のなかで、竹が一番良いとして、竹の四穴を製作していた。

また山口は、調子笛の製作を人から頼まれることもあったそうで、ひと夏で二十本もの調子笛を製作したこともあった。製作には並々ならぬ苦労をし、試行錯誤を続けながら、製作を続けていた。四穴の調子笛を最も優れていると考えていた山口は、製作には困難を要するが、盲人の大家がよく用いていたこともあったため、一般の箏曲演奏家に対しても普及し、活用してもらいたいという思いがあった。盲人であるからこそ、耳で感じ取る能力は高く、音を聞いて細かく調整することで、比較的狂いのない調子笛を製作することができたのだろうと考えられる。

山口が、代々検校たちから伝わってきた調子笛を検校が使用するものとしてではなく、一般の人々にも広める目的をもち、苦難をしながらも、製作に励んでいたことは、大きな功績であるといえるだろう。『三曲』に掲載された、調子笛についての山口の実際の記事が以下のように残っている。

調子笛としての四穴

調子笛と云ふものはわが國でも余程古くからあつたもので、細い竹や木で作った長短十二本箱入のものなど樂人の家にはよく傳つております。それらは概ね笛としての辨の作用ではなく筒音そのものが用ひられておつた様です。
わが檢校法師達の古くより用ひたものはそれとは又違ひ、たった一本の細い竹で十二律を調べると云ふ方法があつて、之を四穴と云つております。細い竹又は木の小さい筒に四つの穴を穿つて、之の開閉によつて十二律を得ると云ふ法が専ら行はれ、之も古くより檢校たちの手になつて、既に三橋檢校あたりのものもある様に聞いております。

一体調子笛は近頃のでは舶來では独逸物が多く、又我國でも金屬製のものも種々出來ておりますが其殆んどが所謂笛としての辨の作用で、又日本在来の六本立三本立などの木で出來たものもあります。笛としてのものはどうしても温溫度や濕度の關係で狂ひが來て調子笛として基準にする事の出来ぬものがあつて、概ねいゝ加減な十二律として通用するより外に方法もありませんが、只だ商品として又便利と云ふ點から相当世間で用ひられております。之を巖密なる調子から云へば音叉が一番で、之に遽るのが最もよろしいが、然し之も十二本を揃える事や、又その完全を得るには容易でなく、商品としても簡單なものではなく、行はれ難い事情にありますが、茲にわが檢校たちの傳えて呉れた四穴は實にその點に至っては製作に相當困難な事もありますが、調子の狂ひのない事、又使用にも簡便である事等に於て最も優れたものと思ひます。

私は最初に之を用ひたのは師匠古川検校に戴いたもので、その後は私の手でいろいろに研究して隨分數も相当に作つて見ました。

昔しからこの四穴は普通は檢校法師達の耳で、丹念に自分で作ったもので、全く音律の事ですから、それに小さいもので、作るのにもすべてが耳との相談で、却て優良なものも此道の人によってのみ出來た訳で、又之を作ると云ふ事も一つの技術となつておつた様です。

私は人に賴まれてよく作りますが、之を作るとなると容易ならぬもので、一昨年の夏は二十本程作りました、その時には押入の中に這入って汗だくでやりましたが、どうしても十本かゝってゐても最後に三四本か五本も完全として得られゝば良い方でせう。今年は又之の大きい太いものを作るつもりで十數本の材料を今かゝっておりますが、何しろ爪ではぢいた響きを以て聽別するので、耳が凝ってそれでわからぬ時は拳固で叩いて響かすのですが、此点に行っても材料が象牙などでしたら指が痛くてたまりません。そこへ行くと竹の方が響きもよいし又作る指の痛みも楽です。

先づその形ちと律の定めと出し方を表示しませう。

調子笛としての四穴

材料は昔しから竹、朱檀、象牙、などですが、朱檀は割れ易く象牙よりも竹の方が音響よく、私は竹を以て第一と致します、その長さは普通二寸五分位、形ちは丸、圭角をとった四角、八角などがあります。

之を作る上の苦心は隨分ありますが、先づ順序から云ふと、第一番に筒音の壹越を定めます、之は全くその空洞の空氣の容積による事で、勿論長さにも太さにもよりますが、一方の底は竹の節をそのまゝ使ふとして、此處を爪ではぢくとか拳固で叩くとかして壹越を定めます、之は十二律の基標となる律ですから之に些かの狂ひがあってもいけません。

それが定まったら次ぎに三を開けて順八の黄鐘の穴をあけます、それから二を明けて順六の双調、この二つは十二律の主要部で最も大切で、此三律が確實に出れば後は割に樂に行きます、之等は悉く耳によって判定し細工して行くのですから、そこに苦しみがあります.

初めは中々完全が得られず、物足らぬと思つてはやり過ぎたり、無駄な力作を續ける事もありますが之もひとつの耳の技術で、私は一つの趣味として楽しく作つては調べておりますが、扨てそれが中々簡單に出来るものではなく実は苦作しております。

この四穴は調子笛としては私達は最も優れたる又比較的完全のもの又狂はないものと思つておりますが、之を作ると云ふ上に於ての困難があるのと、又初め之を使ふ人が、その響きを聽きとるに判別に迷ふたり、馴れない内は四穴の調子をとり憎いと云ふ事はありますが、然し現在盲人大家は多く之を用ひておる事であるし、それらを一般にも活かして有用したいものと思つております。

右表に示す通り斷金だけは半開を用ひますから、之は實用上の困難も思ひますが、それは耳による事で、その他は指の開閉によって僅か四穴の小竹が十二律の響きを完全に傳へて呉れるので誠に有難いと云はなければなりません。

(記者附言 四穴は一竹とも云ひ、昔しから檢校自作のものを普通用ひてゐたので一般には餘りありませんでした、山口師はいま五六寸の長い太い四穴をも作つておられます。成程之なれば素人が叩いても立派に調子はとれます、大も小も此秋には數本は出来ると思ひますので記者は希望者へは分譲して欲しい旨を豫め申入れておきました、もし強いて御希望の方があったら先生に願ってあげますから當社宛御申出で下さい。)

写真13 東京藝術大学所蔵の「四穴」

写真13 東京藝術大学所蔵の「四穴」

上記の写真は、高橋榮清氏より東京藝術大学に寄贈(2015年9月)された「四穴」である。
①②の四穴は、どちらも象牙製であるが、➁の四穴は笹の葉の蒔絵が入っている。

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