八重衣(石川勾当作曲)
調弦 三絃:本調子
箏:半雲井調子→中空調子→平調子→半雲井調子
作詞 小倉百人一首より
作曲 石川勾当、箏手付八重崎検校
概要
曲名の「八重衣」は、「衣の歌を重ねた」という意味と解され、作曲者石川勾当の三つ物と呼ばれる三難大曲(八重衣、新青柳、融)の1つ。歌詞は、当時大流行していた小倉百人一首から「衣」にちなんだ歌を5首を集め、季節の順に並べて、最後の歌の下の句(衣片敷き 独りかも寝ん)を反復したもの。曲は「前歌」「手事、中チラシ、手事、中歌、手事、後チラシ」「後歌」の構成となっている。
歌詞
君がため 春の野に出でて 若菜摘む
我が衣手に 雪は降りつつ
春過ぎて 夏来にけらし 白妙(しろたへ)の
衣干すてふ 天の香具山
み吉野の 山の秋風 さ夜更けて
ふるさと寒く 衣打つなり
秋の田の かりほの庵(いほ)の 苫(とま)を粗(あら)み
我が衣手は 露にぬれつつ
きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに
衣片敷き 独りかも寝ん 衣片敷き 独りかも寝ん
現代語訳
あなたにさし上げたいと思って、まだ春も浅い野辺に出て、若菜を摘んでいると、私の着物の袖に、雪が降りかかっている。
『古今和歌集』 光孝天皇
若菜 特定の植物の名前ではなく、春に生える食用や薬用の草のこと。
衣手 袖を表す歌語。
降りつつ 「つつ」は動作の反復・継続を表す接続助詞 。
もう春も過ぎて、いつの間にか夏がやってきたらしい。白い衣を干すという天の香具山に。
『新古今和歌集』 持統天皇
夏来にけらし 「けらし」は、「けるらし」の「る」が省略されたもので、「~したらしい」の意味。
衣干すてふ 「てふ」は「~という」の意味。
天の香久山 奈良県にある大和三山(耳成山、畝傍山、香久山)の1つ。天から降りてきたという伝説があるため、「天の」が頭に付く。
吉野の山を吹き渡る秋風が、夜が更けて行くにつれて身にしみ、かつての都に寒々しく、砧を打つ音が聞こえて来る。
『新古今和歌集』 藤原雅経
み吉野 「み」は接頭語。桜の名所として有名な奈良県吉野郡吉野町のこと。
さ夜更けて 「さ」は語感を整える接頭語。
ふるさと いにしえの都があり、忘れさびれた場所。かつて天皇の離宮があった。
衣打つなり 女性が夜にした仕事で、砧(きぬた)という柄のついた太い棒で衣を叩き、柔らかくして光沢を出していた。
秋の田の仮小屋の屋根に葺いた苫(とま)の目が粗いので、私の衣の袖は夜露で濡れっぱなしです。
『後撰和歌集』 天智天皇
かりほ 「かりほ」は「かりいほ(仮庵)」が省略されたもので、農作業のための粗末な仮小屋のこと。秋の稲の刈り入れ時期には、稲が獣に荒らされないよう、そこで寝泊まりして見張りをしていた。
苫(とま)を粗(あら)み 苫(とま)は、菅(すげ)や茅(かや)などを粗く編んだ筵(むしろ)のこと。「…を~み」は「…が~なので」という意味で、「苫の編み目が粗いので」となる。
ぬれつつ 「つつ」は動作の反復・継続を表す接続助詞 。
コオロギが鳴いて、霜の降りるこの寒い夜に、筵(むしろ)の上に片袖だけ敷いて、独りで寂しく寝るのだろうか。
『新古今和歌集』 藤原良経
きりぎりす 現在のコオロギのこと。
鳴くや 「や」は詠嘆を表す間投助詞。
さむしろに 「さ」は語感を整える接頭語。筵(むしろ)は藁(わら)などで編んだ簡素な敷物。また、「寒し」との掛詞になっている。
衣片敷き 平安時代、男女が一緒に寝るときは、お互いの着物の袖を枕代わりに敷いていたことから、「片敷き」は自分の袖を自分で敷く寂しい独り寝のこと。
独りかも寝む 「か」は疑問の係助詞、「も」は強意の係助詞、「む」は推量の助動詞であり、「独りで(寂しく)寝るのだろうか」という意味。
箏曲演奏家 福田恭子