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新青柳(石川勾当作曲)

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福田恭子第2回博士リサイタルより
(箏:福田恭子/三絃:平野裕子/尺八:善養寺惠介)

解説

石川勾当作曲
八重崎検校箏手付

石川勾当(生没年不詳)作曲の三絃に八重崎検校(1776?~1848)が箏手付をした曲である。

《新青柳》は《八重衣》と《融》とともに、石川の三つ物とされる京風手事物であり、前歌・手事・中歌・手事・後歌の形式である。

作詞者は不明であるが、謡曲《遊行柳》の一節をほとんどそのまま抜き出したものである。

《遊行柳》の中で老木の柳の精が現れ、「遊行上人の念仏によって往生することができた」と感謝し、柳の徳を述べている。

その話の中で、源氏物語の「若菜・上」の蹴鞠の場面が出てくる。

光源氏の生誕40周年を祝して六条院で開かれた蹴鞠の会に参加した柏木は、やがて月が暮れかかった頃、女三の宮の飼い猫が外へ逃げ出した際に御簾の隙間から、源氏の正妻・女三の宮の姿を偶然垣間見る。

その時から女三の宮の美しい姿が胸に焼き付いて、恋情のとりこになる。

これが《新青柳》の歌詞とされている部分である。

歌詞

されば都の花盛り、大宮人の御遊にも。

蹴鞠の庭の面、四本の木蔭、枝垂れて、暮に数あるくつの音、柳桜をこき混ぜて、錦を飾る諸人の、華やかなるや小簾の隙、洩れくる風の匂ひ来て。

手飼の虎の引綱も、長き思ひに楢の葉の、その柏木も及びなき、恋路はよしなしや、是は老ひたる柳の色の、狩衣も風折も。

風にただよふ足元の、たよたよとしてなよやかに。

立ち舞ふ振の面白や。

げに夢人を現にぞ見る。

現代語訳

さて、都は今や春の花盛りである。

殿上人たちの蹴鞠の御遊びの時にも、庭の四方に植えられている柳・桜・松・楓の四本の木が、木陰なす枝を垂れ、夕方には数多く蹴る鞠の音が周囲にこだまする。

秋の錦は山にあることは誰でも知っているが、春の錦というものが初めてわかったと詠わしめた。

その華やかな蹴鞠の最中、御簾の隙間を洩れ通う、風の運ぶ薫物の匂う内なる女性にかねて恋焦がれていたが、たまたま、そのお方の飼い猫が外に逃げ出し、引き綱で御簾が上がっている御姿が見えたため、さらに長い恋の患いになったというが、柏木がおよばぬ恋をしたのは由ないと同様に、このような無縁の恋物語をするのも無益なことである。

「このような話をする私は柳の老木の精ですが」といって、柳色の狩衣や風折烏帽子の姿で、僅かな風でふらつく足元で、たよたよとはしているが、しなやかに舞う姿は面白い。

実に夢の中でみた人を実際に今ここで見ているのである。

箏曲演奏家 福田恭子

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