箏・三絃の楽曲における生物および自然描写・感情表現の方法について
この記事は、2016年6月4日に開催された
東京大学サイバーフォレスト主催「Sense Of Globe Conference 2016」 において、「箏・三絃の楽曲における生物及び自然描写・感情表現の方法について」というテーマで実演・発表を行った際のレジュメをもとに作成したものです。時間の制約により、奏法の解説はごく一部に限らせていただいております。あらかじめご了承ください。
こんにちは、箏曲演奏家の福田恭子です。
箏・三絃には、
また箏・三絃にかかわらず、同じ奏法であっても、生物を表したり、自然描写であったり、人の感情であったり、曲によって意味が異なるのが、古典曲の特徴です。
古典曲では、和歌を用いた曲が多く、源氏物語や、実らない恋を悲しむ女性の心情を歌った曲の他に、日本の四季であったり、国を祝う祝賀曲、能の物語に由来する楽曲や、芝居歌などもあります。
しかしながら、和歌を題材にしているものが中心であり、日本ならではの、自然豊かな四季による情景や情緒的な事柄、さらに人の感情を曲に織り込んだ楽曲が多く見受けられるように感じます。
それでは、ここからは楽譜を見ながら、どのような奏法がどのような表現に用いられているのかを見ていきましょう。
※箏譜および三絃譜(PDFファイル)をこちらからダウンロードし、あわせてお読みください。
(English version of document can be downloaded from here.)
箏の奏法
箏譜例1 千鳥の曲
《千鳥の曲》は、浜辺に遊ぶ千鳥の様子を歌った曲で、冒頭の4行で千鳥の鳴く様子や浜辺の様子を表しています。
千鳥の鳴く様子を表現する奏法として、
「押し合わせ」は、千鳥の鳴く様子を表現するためにも用いられていますし、浜辺の様子を表現するためにも用いられています。
1つの奏法が様々な情景を表現するのに用いられるということを知る良い例ですね。
【スクイ】… 通常親指の爪の表で、手前から弾く奏法とは反対に、爪の裏側を用いて、自分の方向に絃をすくうように弾く奏法
【ユリ】… 左手で、柱の左を楽譜で指示された音程まで押し、その後ただちに力を少し緩めて音程を下げ、またさらに押す。弾いた音の響きを利用して、一瞬で押した音を揺らす奏法
【押し合わせ】… 楽譜に指示された2本の絃を同じ音高にし、同時に弾く奏法。絃の音高を、その手前の絃と同じ音高に押しておき、同時に奏する
【流し爪】… 楽譜で指示されている絃を親指の爪の表で高音から低音へと弾き流していく下降グリッサンド
【ヒキイロ】… 右手で弾いた絃を、左手で柱のすぐ左をつまみ、一瞬で柱の右方向へ引き寄せ、絃の張力を弱め、その後すぐに力を抜く。絃を弾いた後、その響いたままの音色を一瞬で音高を低くし、元の音高に戻す奏法
箏譜例2 夕顔
《夕顔》は、源氏物語の『夕顔』の物語をもとにした楽曲です。
風を表現する奏法として、
【輪連】… 中指に人差指を添え、中指の爪の右端を下にして、龍角のすぐ左くらいから、左方向へ一と二の絃を擦る奏法(通常、←の表記だけの場合は、一と二の絃を奏す。)
箏譜例3 五段砧
《五段砧》は、「砧」(きぬた)のリズムを中心として、5章に分かれて様々な手法や旋律で編曲されている曲。一般的には箏の低音と高音で合奏します。
砧とはとは、昔各家庭で、夜に布を叩いて、皺を伸ばしながら艶を出す道具やその作業をさす言葉で、その音は、秋の夜に遠くまで響き、いかにも秋らしい趣を表す物として、様々に音楽化されている。
【かけあい】… 合奏において、特定の旋律部分を応答形式で、互いに奏すること
箏譜例4 秋の言の葉
《秋の言の葉》は、虫の音や砧の響きなど秋の描写が組み込まれた楽曲です。
露を表現する奏法として、
【引き連】… 一と二の絃を中指で掻き爪し、そのまま軽く絃の上をなぞりながら手前の糸に引き寄せ、最後に為と巾をほぼ同時に弾く奏法
【裏連】… 人差指を用いて絃(通常は巾の糸)をトレモロし、その後、人差指と中指を向こう側へ倒し、爪の裏側を使って、高い絃から低い絃に向かって弾き、記譜されている最後の絃の2、3本手前から親指に変えて弾く。一般的には「サラリン」もしくは「サーラリン」とよばれている
三絃の奏法
三絃譜例1・2 八重衣
《八重衣》は、小倉百人一首の中から「衣」詠み込んだ和歌が5歌抜粋されており、それらの和歌を春夏秋冬の季節順に並べ作曲されています。
鳴く音を表現する奏法として、
【ハジキ】… 三絃において、左手の指先で糸をはじいて鳴らす奏法。開放絃のハジキは中指か人差指ではじき、勘所を押さえて弾く場合は、ツボ(勘所)を押さえたまま、中指または薬指で糸をはじく
三絃譜例3 ゆき
《ゆき》は、訪れの絶えた恋人を待って、夜半の鐘を聞きながら夜を明かすこともあったという切ない心情を歌った楽曲です。
切ない心情を表現する奏法として、
【合の手】… 歌と歌の間にある器楽部分(手のみの部分)
本記事でご紹介した奏法は、ごくわずかな一例にすぎませんが、箏・三絃に様々な表現方法があるということがお伝えできればと思います。
箏曲演奏家 福田恭子