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博士論文「山口巌の生涯―箏曲界に与えた影響とその業績―」 要旨

本論文は、生田流の箏曲演奏家であり、作曲家である山口巌を研究テーマに、その生涯を辿り、業績をまとめた論文である。

山口巌は、生田流箏曲を京都から東京へ広め、箏曲の伝承や教授に献身した人物である。しかし、さまざまな貢献をしてきたにも関わらず、箏曲界でその名を知る人は少ない。

本論文では、山口の箏曲に対する献身的な活動から、人物像を読み解き、その生涯を明らかにした。また、箏曲界で重要な役割を果たし、多くの影響を与えた業績を集成することで、山口を広めるきっかけとなることを目的とした。

第一章

山口の生い立ちを辿った。山口巌(1867〜1937)は、京都盲唖院において、音曲教育(箏・三絃・胡弓・唱歌などの音楽教育)を創始した際に第一期生として教育を受けた生徒であった。盲唖院では、入学当時から優秀な成績を収め、専修科では主席で卒業。

その後は、盲唖院に入学した時から、音曲教師であった古川瀧斎(検校)に弟子入りし、温修科で二年間母校の研究生として活動していた。温習科修了後は、十六年間、母校の助手を務め、明治四十二年からは、師古川のあとを継ぎ、二年間音曲科の主任教員となった。

山口は、盲唖院の財政難からの復興に、演奏活動において尽力し、音曲教育などの盲唖院に関わる役割に従事することで、大きな活躍をみせた。

第二章

箏曲界における山口の業績を挙げた。その業績のなかで、今現在でも活用されている「巾柱(蕗柱)」の開発は、最も称えられるべき功績である。

また、調子笛の一種である「四穴」の改良にも熱心に取り組み、京都盲唖院では、盲人のための点字楽譜を発案した。この点字楽譜は、山口が、盲人に対する箏曲の普及と、音曲指導の発展を望み、製作したことが考えられる。このような山口の開発や改良は、箏曲界に大きく影響し、価値あるものとなった。

山口は、東京音楽学校時代に、箏曲楽譜の二大出版社の博信堂と、家庭音楽会の校閲者として選ばれ、箏曲界のなかでも著名な人物の一人であった。また、東京でラジオ放送が開設された際に、邦楽放送においても活躍し、京都の生田流の名高き演奏家として新聞記事に取り上げられるほどであった。

そして山口は、京都に帰郷した際、箏手付作曲者の名士である八重崎検校のお墓の第一発見者といわれ、八重崎への敬意と追悼の意が込められた追善会の発起人となり、その偉業を称えた。

第三章

京都府立盲学校の資料室に保管されている、「京盲文書」を中心に、山口の京都時代の活動を辿った。この資料には、入学当初から成績優秀のため、在学中に受けた褒賞の記録が残っていた。そのうえ、さまざまな演奏による記録から、山口が、演奏能力に長けた人物であったことが明らかとなった。

第四章

東京時代の活動と帰郷後の活動について、『東京藝術大学百年史』と『三曲』から、その活動内容を調査した。

山口は、明治四十四年には、東京藝術大学の前身である東京音楽学校の邦楽調査掛を嘱託され、生田流箏曲の講師となった。東京音楽学校内では、邦楽の演奏会での演奏活動をはじめ、天皇の即位を奉祝し、大正四年に《御代万歳》、昭和三年に《聖の御代》を作曲し、その二曲ともに御前演奏を披露した。

また、東京時代に『三曲』に残した多くの記事には、山口の意志と、研究の成果が表れ、日本音楽の伝統の保存と、箏曲普及に献身したことが記されている。

第五章

山口の楽曲を紹介し、その特徴を見出すために、山口自身が作曲した作品や手付作品を、楽器や曲種別に分類し、さらに、箏・三絃の手付の分析を行った。
山口は、自身で作曲したものと手付曲を含め、箏・三絃の楽曲全部で46曲の作品を残した。

山口は、箏曲の基礎を築き、その開祖といわれる八橋検校と、生田流の流祖で知られる生田検校を称えた和歌を自ら詠み、《琴の栄》を作曲。
また、師古川瀧斎の楽曲《春重ね》《面影》にも箏の手付を行った。このことから山口の作曲活動は、先人たちへの尊敬の念も込められていたことが考えられる。

そして、山口の作品には手ほどき曲もあり、つねに弟子や後進への教授にも熱心であった。また、替手の手付作品も多く作曲され、箏・三絃のどちらの手付においても、そのほとんどが、細かい節を用いた複雑な音型や旋律をもつ手付が多く、いずれも技巧的な手付がされていることが特徴的であった。

まとめ

山口は生涯にわたり、箏曲の研究を続けながら、芸の研鑽を積み、その努力によって箏曲界に貢献していた人物であった。また、母校京都盲唖院と、東京音楽学校での教授活動をはじめ、京都の生田流の伝承を絶やすことのないよう、後進への箏曲教授に尽力していた。山口巌の生涯と、多くの業績を本論文に記したことで、箏曲界にその名を広め、さらに、筆者自身が、その功績を伝えていく一人となることを今後の目標としたい。

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